寄贈という供養

遺品整理を行なうに際して、遺品を寄贈できる施設がないかというのを探してみるのもよいのではないでしょうか。寄贈できるものとしては、骨董品など時代的価値があるものだけでなく、本などは図書館、衣類や家具などは福祉施設にといったように、寄贈できるものや寄贈先はたくさんあると言えるでしょう。処分してしまう前に市民活動団体などに確認を取ってみるのも良いのではないでしょうか。蔵書や資料、コレクションなどといったものは、同じ趣味を持つ団体や研究施設などに寄
贈するとたいへん喜ばれることがあるようです。まだまだ着ることのできる衣類などは、福祉施設や海外支援団体で衣類協力を行なっている可能性もあるため、問い合わせてみると良いでしょう。形見分けで友人や知人に送るというのも供養として大切ですが、その後に手元に残っていてもどうすることもできない品物などは、出来るだけ寄贈するという手段を取るのも、故人にとって供養になるのではないでしょうか。高価なものは売るという手段もありますが、そういった場合には、故人に還元できるよう、公園墓地や霊園などのオプションをつけるなどする方向を考えていけると良いのではないでしょうか。近年では、寄贈する先を探すにもインターネットなどを利用して簡単に見つけることができるため、気軽に行えるのも良いのではないでしょうか。自身では使わないからといって処分してしまっては、故人の思い入れまで処分してしまうようで少し悲しい気持ちになってしまうでしょう。地域や世界レベルで遺品を活用できれば、故人も嬉しい気持ちになってくれるのではないでしょうか。家族で相談し、検討してみるのも良い時間になるのではないでしょうか。

あいさつ回り

近年では、宗教関係者の方々に対し、葬儀の直後にあいさつをすませてしまい、あいさつ回りを省略してしまうといったことも多くなっているようです。もし省略する場合には、葬儀直後にあいさつをする際、法要の日時などの相談も一緒にしておくとよいのではないでしょうか。また、墓地や霊園、納骨堂といったことに関して事前に相談していた場合には、重ねてお礼をすると良いでしょう。葬儀の際、世話役をお願いした方に対しては、当日ではなく、謝礼の金品を持って改めてお礼に伺うというのがマナーでしょう。最近ではあまり見かけなくなりましたが、自宅で葬儀を行なった場合、大勢の会葬者や車の出入りなどで迷惑をかけているため、近隣の方への配慮としてお詫びに訪ねると良いでしょう。故人が会社などに勤めていた場合、事務手続きなどもあるため、早めに会社へあいさつに行くと良いでしょう。また、近年、葬儀の省略が多く見られており、この「あいさつ回り」というのも見られなくなってきているようです。後日行うという形式は見られなくなり、葬儀当日にお礼を行なうことが増えてきたのではないでしょうか。宗教者に対してのあいさつは、葬儀の後にお礼とともにお渡しするのが一般的のようです。ただし、つき合いの長い菩提寺の場合には、省略せず、改めてお礼にうかがうという形式を取ったほうがよいのではないでしょうか。世話役には「志」として当日にお礼を渡しましょう。故人を失った悲しみと、葬儀に向けての準備や各種手続きでかなり疲れている状態であるでしょうが、これは故人のために力を貸してくれた方々への感謝の形として受け取られるため、きちんと心を込めて準備しましょう。

通夜

基本的に、葬儀前日に行なわれる故人との別れの儀式のことを「通夜」と呼び、近年では3時間程度行われるのが一般的と言われているようです。お通夜の流れというのは、葬儀の形式によって変化してくると言えますが、仏教式の葬儀を行うときには次のような流れで進むと思っておいて間違いはないでしょう。
①僧侶との打ち合わせ。この時、僧侶を丁寧にお迎えすることが重要であり、失礼のないようにお迎えできるように準備しておくと良いでしょう。
②通夜開始の1時間前に受付を始める。受付は、親族が行うのではなく、世話役などをお願いして、参列者の対応をしてもらうように努めましょう。
③参列者には開始時刻よりも余裕を持ち入場してもらうよう促し、着席してもらう。出来るだけスムーズに式が始められるようにアテンドすることが重要でしょう。
④開式
⑤僧侶入場、読経。
⑥喪主、遺族、親族、弔問客という順番でお焼香。
⑦僧侶から法話を頂戴する。
⑧僧侶退場
⑨喪主あいさつ。
⑩通夜ぶるまい。
以上が一般的に見られる流れになるでしょう。通夜の前には、必ず葬儀会社と最終打ち合わせを行うことになるでしょう。ここでは、葬儀後、遺骨を納骨する霊園や墓地などの手続きなどは一旦置いておいて、通夜の確認をしましょう。祭壇や供物、供花、席順といった段取りなどに不備がないか、返礼品や香典返し、心づけの準備といったものについて確認をしておきましょう。通夜の間は、遺族と故人の最期の別れになるため、故人から離れないのが通例と言われています。弔問客の対応などは世話役や葬儀会社の方に任せておくと良いでしょう。お焼香などの時に弔問客からお辞儀をされた場合にも、遺族席から軽く会釈をするといった対応で大丈夫とされているようです。

戒名

仏教での葬儀の場合、菩提寺に依頼して「戒名」を授けてもらうというのが昔ながらの習わしと言えるのではないでしょうか。この「戒名」には格と呼ばれるランク付けのようなものがあるようで、男性の場合、戒名の格は、信士、居士、大居士、信女、大姉、清大姉といった順で高くなっていくようです。院号と呼ばれるように「~院」というのが頭についた場合、より格は高くなると言われています。院号というものは、本来はお寺に大きく貢献した地位や身分のある人のみにつけられるものとされているようです。戒名は、住所や場所などを表す院号や院殿号、生前の雅号やペンネームなどを表す道号、本来の「戒名」にあたるとされる、俗名や故人にまつわる字を使用する法号、仏教徒としての位を表し、性別や年齢で違うとされ、成人男性は大居士、居士、大禅定門、禅定門、清信士、信士などが使用され、成人女性は、清大姉、大姉、大禅定尼、禅定尼、清信女、信女などが使用される位号というもので構成されているようです。戒名の有無は、その後お墓へ入れるかどうかというところにも関わってくるため、不明な点などがある場合には必ずお寺さんに相談することが重要でしょう。戒名は、仏教特有のものなので、故人しか信仰のない場合には、考え込まずに周りの経験者や菩提寺に直接問い合わせてみると良いでしょう。わからないままうやむやにしてしまうと、後々の供養で取り返しのつかないことになってしまいかねないでしょう。葬儀のことも同様ですが、信頼できる専門家を選び、しっかりとわからないことをクリアにしながら準備を進めることが重要かもしれません。故人の意思を大切にしつつ、家族が寄り添って見送れるよう、慌ただしい中でも十分に準備できる環境を整えることが望ましいのではないでしょうか。

宗教の葬儀アレコレ

「神道」では、納棺の際、遺体を棺に納め、周りに生花を置き、白い布でおおうというのが一般的なようです。そうして出棺までは1日2回欠かさず拝礼をするのが習わしとされているようです。また、「キリスト教」の場合、神父さんや牧師さんを招いて儀式を行なうようです。遺体に聖水をかけたり、棺の中に十字架を入れたりするなど、同じ「キリスト教」であっても、信仰している宗派によって儀式は異なるようです。また、「仏教」の場合、戒名を依頼しなければならないでしょう。戒名というのは、格により御布施も変わってくるようです。その後の供養などにも影響してくるため、よく考えてから依頼するようにしましょう。そもそも「戒名」とは、本来であれば生前に授かるとされているものでありながら、現在では没後にいただくということがほとんどではないでしょうか。現在では、お通夜までに菩提寺につけてもらうことが多いのではないでしょうか。また、戒名は宗派によって呼び方が違うとされており、浄土真宗では法名、日蓮宗では法号と呼ばれているようです。戒名には格が存在しており、そのランクにより、菩提寺に払う謝礼も変わってくるようです。戒名のランクが高ければ高いほど、後々の法要で必要となってくる御布施も高くなることがあるということを踏まえた上で、家族間でよく相談して決めると良いでしょう。戒名で謝礼をいくら払えば良いのか悩んでしまった場合、親戚に相場を確認してみるのも良いのではないでしょうか。また、僧侶に直接聞いてみるというのも確実で安心かもしれません。お墓などの希望と共に、故人の希望などから戒名をつけずに葬儀を行なう場合もあるでしょう。しかし、戒名がない場合、菩提寺に納骨できないという場合にもなりかねないため、菩提寺ともよく相談しておくと良いでしょう。

散骨の不安点

樹木墓は、様々な埋葬の仕方があり、骨壷をそのまま樹木の下に入れることで埋葬する場合もあれば、直接遺骨を木下に巻くことで散骨をするというケースもあるようです。このような場合ですと、他の人の骨と一緒に混じることになるため、そのようなものがあまり望ましくないという風に考えている人であれば、骨壷を木に置いてもらうというケースを取るのが良いのではないかと考えられます。いわゆる、自分自身が自然に帰るという考え方を強く持っている人であれば、木の根元に直接埋葬されるということが理想である、というふうに考えていることが多いかと思われますが、様々な理由から数十年後に改めて埋葬し直したいという風になった場合には、骨を取り戻すことができないため、取り返しがつかないということも注意点の一つであるという風に言えるかもしれません。樹木墓だけではなく、散骨の方法は様々で自分が好きだった山に散骨して欲しいとか、広い太平洋の真ん中で散骨をしてほしいというようなお願いを生きているうちにする人がいるようです、が、実際にもう一度埋葬し直したり、親戚の意見が変わったりした場合などに骨を取り戻さなくてはならないもう一度墓を掘りを起こさなくてはならないというようなケースは、決して珍しくありません。そのような際に骨がないという風になってしまうと、まずいわけでしっかりと親戚などと相談をした上で十分に、子供や下の世代の承諾を得た上で実行することが重要だということは言うまでもなく考えられると言えるのではないでしょうか。樹木墓は公園も兼ねることができるため、今後都内などでも広がっていく見込みがあるという風に言えそうです。

墓の不足

ある民間団体の調査では、都内で10万人ほどが1年間に亡くなっているという風に言われており、そのうちお墓を都内に建てたいと考えている人は、2万人以上に上るため途中準備する手筈が整わず骨壺をいつまでも落ち着いた場所に安置することができないというケースがあるようですね。現在では1年間に東京都内なので新たに提供することが出来るお墓は1万にも満たずほとんどは東京都の外や東京郊外にお墓を新たに探さなくてはならないという事態に直面していることはあまり知られておらず、実際に、自分の近しい人が亡くなり墓を探すという風になってから、このような問題に気づく人が多いという風にも聞いたことがあるような気がします。そのような中で、最近、東京都が経営する霊園などが多数の募集を出したのも、東京都の納骨スペースの不足を物語っているものであるというふうに考えて良いのではないかと思われます。自分自身が思い描く、理想のお墓としてどのようなものが良いのかということを考えた上で、その理想のお墓に一致するものが果たしてスペースが空いているのかということも考えなくてはならない、ということは完全に需要と供給が合っていない部分があるかもしれませんし、今後は、高齢化社会に伴って、お墓を準備する数も当然のことながら増えていくことが予測できるわけですから、このような傾向が力強く続いて言ってしまうというふうに、考えられることは間違いありません。最近では、都内であれば、奥多摩の霊園などが人気で、春になれば桜の木が咲き誇るなど気軽に親戚などが足を運びやすい点もポイントとして高い、という風に言われているようです。

日本の風葬は竹やぶだった?

日本は風葬が主だったという説があるそうです。
例えば葬式の「葬」の字。くさかんむりに死とついていることから、土の中に埋めるのではなくて、草の上に遺体を置いていたと考えられるとか。
また葬るには「ほうる」という古い語源があるそうで、この意味は「放る」に近いそうです。
放るとは遺棄ということで、遺体を風葬していたのではないかと考えられるというのです。
どこで風葬をしていたかというと、集落の近くの山の麓だそうです。
なぜ山かというと、霊山として日本には多くの山岳信仰があるからだそうです。
山の麓に遺体を遺棄するのは、山の麓の背後には浄化された魂である岳があるということ、先祖の魂が坐す高みの場所ということでの「岳」があるからということのようです。
日本の山の麓というのは、竹林があります。日本の風土というのでしょうか、山の麓には竹林があるという風景をよく見るかと思います。
そのため、山の麓に遺棄するということは、竹林に置くということになるようです。
お盆休みのことを「藪入り」と言ったりしますが、田舎への帰省でヤブの中に入って先祖供養をするという意味ではないかという人もいます。
京都の化野念仏寺には、風葬の痕跡がはっきりわかるところがあるそうです。
化野念仏寺の周りは美しいことで有名な嵯峨野の竹林があります。
また、焼香具や提灯立てなど、葬式に関するもので竹で作られているものはたくさんあります。
今は竹やぶに遺体を遺棄したら、死体遺棄罪で逮捕されてしまいますが、昔は竹やぶの風情も手伝って厳粛なムードが漂っていたかもしれませんね。
映画でインディアンの風葬を見たことがありますが、明るい雰囲気でした。
死というものは宗教や民族によっていろいろな捉え方があるのだなと思える光景でした。

お墓がある人が抱える不安

お墓がある人にとってもお墓の継承は不安なものです。

また、一人娘が嫁いだら、お墓を継ぐ人はいなくなるという心配をするご家庭もあるようです。

またお墓までの距離が遠すぎて、年に一度のお参りすらままならないという話もよく聞きます。

お墓があっても、お墓を託す子どもたちのことが心配なようです。

親がお墓のことを託しても、親はお墓に入っているので、結局は子どもたちにすべて任せることになるかと思います。

その子どもたちがどのように継承していくかを考えても仕方ないかもしれません。

親がいくら実家の墓に入りたいといっても、その子どもたちが遠くに住んでいたらお墓を守るということができなくなる場合もあると思います。

実際、世話ができなくなったお墓が朽ち果てて放置されているというニュースも見かけます。

もし親との話し合いができるなら、お墓の継承問題も話し合った方がいいのかもしれません。

改葬や分骨を考えたり、檀家と菩提寺を引き継ぐかどうかも話し合うべきです。

そして存続していくコストがどれだけ必要なのかも家族で考えたほうがいいといいます。

ただ、親に将来無縁墓になるかもしれないから、という話もし辛いものです。

親、そして自分たち世代、その子ども世代とお墓はずっと継承されるものと考えられていましたが、決してそうではないということもわかり合う必要があると思います。

いろいろな形態のお墓があるので、考えてみるのもいいかもしれません。

田舎に先祖代々のお墓に入れる場合もありますし、お墓の整理をする必要が出てくることもあります。

親族との調整もありますし、親戚との兼ね合いもでてくるかもしれません。

お墓を継承するということを真剣に考える必要もあるようです。

意外にお墓がない人が多い

二〇〇八年現在、都内でお墓を持っているという人は約六割だそうです。
四割は持っていないということになりますが、今は持っていなくてもいずれお墓を買つもりという人はこのうちの六割ほどだそうです。
お墓を欲しいと思っていても、供給できる数は希望数の三割程度だそうです。
ほとんどの人がお墓を欲しいと思っても持てない時代のようです。
需要と供給のギャップは大きいと言えますが、反面、人口減少が続いているために、ピークを超えるとお墓も余ってしまうのかもしれません。
また購入するにしても、お墓は守ってもらわなければならないと思います。
それは子ども世代なわけですが、お墓に入る人が場所を選ぶより、守ってくれる人の都合で選ぶ方がいいのかもしれません。

お墓というのはアクセスが大切だと思います。
アンケートでもお墓を求める場合に重要視するのはアクセスが一番に来るそうです。
お墓を守るべく子どもたちの生活圏から遠く離れた場所では、お墓参りすらいけないということになりそうです。
価格も気になりますが、利便性や距離はとても気になるところです。
お墓を守るというのは一生のことです。時折、山奥にお墓があることがありますが、車が運転できるうちはお墓を守ることができても、自分が高齢になって歩くのも大変となってくるとどうにもならない状態になってしまいます。
また親子で信教が違う場合があるかと思います。
そうなると、菩提寺も違えばお墓も違うとなってしまいます。
宗教不問の霊園もあるようですので、親子で話合う必要があるかと思います。
霊園の広告というのはよく見ますし、それをきっかけにお墓のことを話し合うのも良いと思います。
できればお墓の継承が負担にならないようにしたいものです。